火垂るの墓

火垂るの墓は、1988年に公開されたスタジオジブリ制作の映画です
昨年Netflixにおいて190カ国で配信が始まったため、観た人もいる
かもしれません

1945年、第二次世界大戦の神戸が舞台です。
空襲で家と母親を失った清太と節子の兄妹は、親戚の家に
身を寄せるも疎まれ、やがて2人だけで防空壕で暮らし始めます
過酷な状況下、2人の絆は深まる一方で次第に食糧は尽き…

私はこの映画を観るのをずっと避けてきました
観た人の感想を聞いたりすると、わざわざ悲しい思いを
したくなかったし、重苦しい気分にもなりたくなかったし…

でも今年は戦後80年の節目でもあり、ちょうど終戦記念日の
8月15日にテレビ放送があったので録画して、もちろん1人で
ティシューと飲み物を用意して観てみました

涙することもなく、淡々と観終わったのですが
直後の感想としては、『何だかなぁ…』という気分でした

どうしてこんな結末になっちゃたんだろう…
もっと生きる道はあったんじゃないかって今でも
モヤモヤしています

親戚宅で手伝いもせずにいたら、おばさんが不機嫌になってくる
のも分かります。お父さんが戻ってくるまでの短期間であろうと
楽観視していたのかもしれませんが。

お母さんが残してくれた貯金も今の価値でいうと70万位ありました
それもあってか冷たくされた親戚の家を出ていくことにしましたが
そうなると配給も受けられません。お金があっても食糧が手に入らない社会で
物資や人とのつながりの方が生存にはずっと重要だったんですよね

ただ、裕福な家庭のボンボンにしては、清太のサバイバルスキルは
なかなかでしたね!目の前の池かなんかを上手く活用していました
節子のことをとてもよく面倒をみていたのは認めます
年が10も離れていると、兄というよりありゃ〜親代わりですね


でも、だんだん節子が栄養失調になって弱っていっても
作物を盗んだり、空襲のどさくさで勝手に家に入って盗みを
働いても、頭を下げておばさんの所へ戻ることはしませんでした

節子が亡くなった後、清太がおかゆとスイカを食べたと思われる
シーンが映ります。まだ生きる意志はあったみたいですね

その後、節子を火葬してから次につながるシーンは
清太が餓死寸前で駅に座り込んでいる映像

何で? まだお金使い切ってないよね?
それなりのサバイバルスキルもあったよね?
節子がいなくなった今、もう自分のことだけ考えればいいんだよ!

清太の心情が描かれずに一気にそこへ飛ぶものだから
急すぎてついていけません。これもモヤモヤの原因の一つです

結局、消極的に餓死を選んだ自殺といえるのかな、と思います
節子を失った後、徐々に清太の生きる意志は蝕まれていって
節子の後を追った、時間差の心中なのかもしれません

幽霊となって再会した二人が幸せそうで、
それだけが救いでしたよ

ただ、当時(1988年)の街並みを見下ろしているという
ことは、二人は成仏できていないということを物語っています

この映画は、反戦映画でも、泣かせ映画でもないと
高畑監督も言っています。大衆娯楽ではなく芸術作品として
観た人が自分の立場で考えて、いろんな解釈ができるんだと思います

清太が戦争下の環境に適応できなかったというのが
1番の悲劇なのかもしれないけど、14歳にそれを求めるのは
酷だよなぁ…

この状況下で、こんなふうにしか生きられなかった二人の物語

。。。として受け入れるしかないのかな、と思っています


タイトルとURLをコピーしました